第23回〜記憶に残る“味”を追い求めて〜 桃・林檎農家 「Apple farm 宍戸」代表 宍戸一秀さん(福島市)

福島県の名産は?と聞かれて、はじめに思いつくのは何と言っても“桃”! 県内有数の産地である福島市には、果樹園が多いことから 「フルーツライン」と呼ばれる道路があり、夏の時期に車を走らせれば、右手にも左手にも、桃色の実をたわわに実らせた樹々や直売所が立ち並んでいるのが目 に入る。福島の桃は、しっかりとした歯ごたえがあり、甘くて、みずみずしい。一度食べたら忘れられない、あの美味しさを作り続けている、そんな桃農家さん の1人にお話を伺ってきました。

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Q. 宍戸さんが桃づくりを始めたのはいつですか。また、きっかけは何でしたか?

A.  私が桃づくりを始めたのは今から22年前、平成3年のことです。それまでは地元の会社に勤めていたんですが、うちは代々続く桃・林檎 屋で、80年もの歴史があり、いずれは私も家業を継ごうと考えていたんです。その矢先に突然父親が亡くなって、具体的 なノウハウを何も教わらないまま、まさに1人で一からのスタートを切ることになりました。自分で必死に勉強して、周りの方々に助けてもらいながらここまで やって来た感じです。

Q. 試行錯誤を繰り返してきたなかで、美味しい桃をつくるための宍戸さんなりの“工夫”や“ひけつ”はありますか?

A. 手を加えすぎないってことですね。なるべく自然な状態を保ってあげる。毎年どんな実を実らせるかは、私たち人間が決めることではなくて、樹が決めるものだ と思っています。

Q. 宍戸さんにとって桃づくりとは毎日の中でどんな存在ですか?

A.  「楽しみ」ですね。剪定からやってきて、実になって、色づき始めて。まるで子どもの成長を見届けているような感覚に似ています。今のこの収穫の時期は特に 楽しい。今年はどんな桃ができたかな、自分が追い求めている桃になっているかな、とワクワクしながら収穫しています。

Q. 桃づくりへの思い入れを聞かせてください。

A.  誰にでも「あのラーメンが食べたい」「あのスープが飲みたい」というような、記憶に残っている味があると思います。それと同じように「あの味、あの桃が食 べたい」と思ってもらえるような舌で覚えてもらえる桃、ご指名いただけるような桃をつくっていきたいですね。

Q. 「ふくしまの食」と聞いて、どんなことが頭に浮かびますか?

A.  「豊富」だなぁということですね。果物から野菜まで何でもある。それが原発事故の影響で台無しになってしまったときは本当に悲しかっ たです。

Q. 宍戸さんの毎日の生活や特に農業に関わることで、震災や原発事故のあと大きな変化はありましたか?


A.  自分が22年間積み重ねてきたものがようやく花開いて波に乗ってきたなと思っていた時期に、原発事故が起きました。お客様もどんどん 減って、夢や生きがいをいっぺんに奪われたような気がしました。今までやってきたことが無駄になってしまうのではないか、と何度も心が挫けそうになりまし た。 そんな時心の支えになったのは、趣味でやっている自転車とマラソンでした。ゴールはここじゃない、途中でリタイアしたら負けだ、これは自分との闘いだ、そ う自分を鼓舞して、今も桃づくりを続けているわけです。自分の心の持ちようこそが、原発事故のあと最も大きく変化したことだったかもしれません。

Q. 福島の桃を食べてくださる人たちへ一言メッセ―ジをお願いします!

A. 私たちにできることは、「間違いない品質の桃をつくる」、それに尽きると思っています。味を損なってしまっては、さらにお客様は離れていくばかりで すから。それを肝に銘じて、ただただ地道に、大切に、桃をつくっています。「あの桃が食べたい」と記憶に残してもらえることを心から願っています。